もっと鹿児島が知りたい[1]鹿児島市内観光案内

鹿児島市内観光は、西南戦争の舞台となった城山、薩摩藩主島津氏の居城であった鶴丸城、幕末に積極的に西洋文明を取り入れ富国強兵を図った尚古集成館、西郷隆盛・大久保利通・東郷平八郎・大山巌・山本権兵衛らの生まれた加治屋町一帯、薩英戦争の砲台跡など、幕末から明治維新にかけての歴史の舞台・文明開化の跡をたどることで一層印象深いものになります。
鹿児島市の「錦江湾の海と桜島火山」の織り成す風景がイタリア・ナポリ市の「ナポリ湾とベスビオ火山」の風景と共通するところから、両市は姉妹都市となっています。鹿児島市内には美しい並木とツツジの咲く「ナポリ通り」があり、ナポリ市には「鹿児島通り」と命名された道があります。鹿児島市は「東洋のナポリ」とも言われますが、風景の美しさは鹿児島市のほうが素晴らしいでしょう。

城山公園

(城山公園からの展望)城山公園からの展望城山は市のほぼ中心にある小高い山で、全体が亜熱帯樹木におおわれ、標高107mの展望台や自然遊歩道が設けられた公園となっています。展望台から鹿児島市内と桜島が見渡たせます。展望台の眼下には照国神社の鳥居が見え、桜島は正面左手に大きく見えます。
城山周辺は西南戦争最後の激戦地で、西南戦争に関わるさまざまな旧跡が残っています。城山公園のバス路途中の(城山展望台から徒歩約15分の)岩崎谷は西南戦争最後の本陣で、西郷隆盛が自決するまでの5日間を過ごした「西郷洞窟」があります。城山公園登り口には西郷隆盛が自決した場所を示す記念塔が立っています。

「鹿児島中央」駅から城山:カゴシマシティビュ-バスで20分

鶴丸城

鶴丸城跡鶴丸城跡城山の山麓に鶴丸城跡があります。城館は残っていません。鶴丸城は城山の南麓に位置し、「城をもって守りとせず、人をもって守りとなす」という兵学精神に基づいて築城されました。この城は、近世一般の城郭に見られるような戦闘に備えた高い石垣の上に天守閣のそびえる堅固な防備の城郭とは異なり、天守閣のない屋形造りの居館でした。
城内の規模は18,000平方メ-トであったと想定されます。築城の正確な年代は不明ですが、関ケ原の戦いの2年後の慶長7年(1602年)に島津家久が着工し、幕末まで島津家の居城となりました。
城山の麓の甲突川、鹿児島湾の囲まれたこの土地は荒地・砂地で、城下町建設は難工事となり、屋敷割などの市街地造成にも長い年月がかかりました。
また、鶴丸城に一極集中して藩経営を行うのではなく、藩内を113に区画して「百二の外城」といわれる地頭仮屋を設けて、その周囲に「麓(ふもと)」・「郷」といわれる武士集落を構成して、地域の行政を執り行わせた外城(とじょう)制度を設けました。
薩摩藩は77万石といわれ加賀藩102万石に次ぐ雄藩でしたが、籾高ではなく米高に直すと37万石程度でした。また、総人口の4分の1が士族で、この比率は全国平均の6倍にあたり財政的には苦しいものでした。外城に勤める藩士の多くは、普段の生活では農耕に携わり、定期的に軍事訓練を受けて、事が起きれば武士集落がそのまま軍となってなって戦う制度になっていて、財政問題と家臣が多いため、「人をもって守りと為す」の薩摩藩の精神が重なった屯田兵制度でした。外城の武士達は「郷士」と呼ばれ、城下の武士・「城下士」と身分がはっきり区別されていました。薩摩では「郷士」と「城下士」の対立は非常に激しく、この敵対意識が明治維新後の西南戦争の引き金ともなっています。
薩摩藩に数多く存在した外城は江戸時代以前の全国各地にも見られましたが、徳川幕府の元和(1615年)の一国一城令によって、他藩では多くが取り壊されました。しかし、江戸から遥か遠い島津藩では外城は完全に破壊されずに残存しました。
私学校跡私学校跡鶴丸城築城以前の居城である内城(うちじょう)は大龍寺となり、現在は大竜寺小学校(鹿児島駅近く大竜町)になっています。中世からの戦闘防禦用の城としては城山の山上に上山(うえやま)城があり、居館として鶴丸城が造られました。鶴丸城は元禄9年(1696年)に大火によって焼失し、宝永元年(1704年)に復旧されました。
明治元年(1868年)の明治維新の後、廃藩置県が行われ、この城の一角に熊本鎮西鎮台第2分営が設置され、歩兵1大隊が駐屯した時期、明治6年(1873年)に再び火災で焼失しました。
征韓論に破れて下野した西郷隆盛は、この焼け跡に「私学校」を設立しました。現在は西南戦争の弾痕が目立つ石垣と内堀が残っています。本丸跡には、明治100年を記念して「黎明館」が開設され、鉄砲伝来、明治維新関連、考古・民俗資料、美術工芸品などが収蔵されています。

「鹿児島中央」駅からバス13分、「市役所前」下車・徒歩5分

黎明館

所在地:鹿児島市城山5-1(TEL:099-222-5100)
開館時間:9:00~17:00/休館日:月曜日、毎月25日/入館料:260円

鶴丸城二の丸跡に島津斉彬を祀る照国神社があり、島津斉彬・久光・忠義の銅像が立っています。
城山周辺の観光・見学順路はバスで城山展望台へ行き、城山展望台→西郷洞窟→南洲終焉の地→薩摩義士碑→私学校跡→黎明館→鶴丸城跡と歩くと良いでしょう。

「鹿児島中央」駅からバス13分、「市役所前」下車徒歩5分

鹿児島市立美術館

所在地:鹿児島市城山4-36(TEL:099-224-3400)
開館時間:9:00~17:00/休館日:月曜日、12月29日~1月3日/入館料:200円

城山の麓、鶴丸城近くの西郷銅像の隣りにあります。鹿児島出身の画家・黒田清輝や藤島武二らの絵画や、彫刻、薩摩焼などの美術工芸品を展示しています。

鹿児島市立美術館鹿児島市立美術館

「鹿児島中央」駅からカゴシマシティビュ-で10分、「西郷銅像前」下車徒歩2分

ザビエル教会

所在地:鹿児島市東千石町(TEL:099-222-3408)

天文18年(1549年)にザビエルが鹿児島に上陸し、キリスト教の伝道を行ってから400年を記念して、昭和24年(1949年)に建てられ、平成11年(1999年)、ザビエル上陸450年を記念して建て直されました。
教会の正面にサビエル滞鹿記念碑があります。

ザビエル滞鹿記念碑ザビエル滞鹿記念碑

「鹿児島中央」駅からバス7分、「高見馬場」下車

南洲寺

所在地:鹿児島市南林寺23-22(TEL:099-222-5655)

幕末期、西郷隆盛と京都の清水寺の僧・月照は京都で尊王攘夷活動をしていました。
安政5年(1858年)、「安政の大獄」で勤皇志士達の捕縛が強化されると、両名は京都から薩摩に逃れました。しかし、島津斉彬の死後、佐幕派に傾いていた薩摩藩から月照追放の命が出され、落胆した両名は入水を図りました。西郷は生き残りましたが、月照は水死しました。南洲寺に月照の墓があります。

維新ふるさと館

所在地:鹿児島市加治屋町23-1(TEL:099-239-7700)
開館時間:9:00~17:00(7月15日~8月31日は9:00~18:00)/年中無休/入館料:300円(小中学生150円)

この加治屋町一帯は薩摩藩下級武士の居住地で、明治維新の偉人・西郷隆盛、大久保利通、東郷平八郎らの出身地です。
館内にはジオラマや、西郷隆盛ら7体の等身大のロボットが、幕末の薩摩藩や人物を紹介しています。鹿児島観光情報コ-ナ-、鹿児島弁が学べるコ-ナ-などもあります。

「鹿児島中央」駅からカゴシマシティビュ-で3分、「維新ふるさと館前」下車・徒歩5分。市電「高見橋」下車・徒歩3分

南洲墓地・西郷南洲顕彰館

所在地:鹿児島市上竜尾町2-1(南洲公園) (TEL:099-247-1100)
開館時間:9:00~17:00/休館日:月曜日、12月28日~1月1日/入館料:100円(小中学生50円)

鹿児島駅の山側の南洲公園に続いて南洲墓地があり、西郷隆盛、桐野利秋、村田新八ら西南戦争で没した2,000名余の人々が永眠しています。墓地の北側には西郷隆盛を祀る南洲神社があり、近くに西郷南洲顕彰館があります。

南洲墓地南洲墓地

砲台跡

市内を流れる甲突川河口の天保山公園には薩英戦争時の砲台跡、維新の志士・坂本龍馬が妻のおりょうと訪れた新婚旅行の碑があります。 鹿児島駅近くの稲荷川河口の祇園州公園にも薩英戦争時の砲台跡があり、近くにはサビエル上陸記念碑があります。

仙巌園(せんがんえん)・尚古集成館

所在地:鹿児島市吉野町9700-1(TEL:099-247-1551)
入園時間:8:00~17:30(11月1日~3月15日は8:00~17:20、尚古集成館の入館時間は9:30~17:00)/年中無休/入園入館料:庭園コ-ス1,000円(中学生以下500円) 庭園観賞と尚古集成館見学:御殿コ-ス1,500円(中学生以下750円)

仙厳園仙厳園鹿児島市の北方にある第19代藩主・島津光久の別邸跡で、磯庭園・磯の島津邸の別称があります。
約5万平方メートルの庭園は、芝生が続く先に望む錦江湾を池に、桜島を築山に借景した雄大な築庭です。背後の磯山から流れ下る保津川の谷には孟宗竹が生い茂り、曲水の庭などがあります。
園内の尚古集成館は、島津斉彬が幕末期の嘉永6年(1853年)に藩の近代化・軍備の充実を図って建造した集成館・洋式機械工場の跡で、重要文化財に指定されています。館内には大砲、ガス灯、写真機、薩摩切子ガラスなどが展示されています。
ここに隣接して薩摩切子工場と工芸館、明治38年に建てられた島津興業本社が復元されています。

カゴシマシティビュ-で30分、「磯庭園」下車

異人館

所在地:鹿児島市吉野町(TEL:099-247-3401)
入館時間:9;00~17:00/休館日:水曜日

慶応3年(1867年)建築の洋館で、島津忠義の造った洋式紡績工場で技術指導にあたった英国人たちの住居跡です。仙巌園から市街方向へ徒歩5分のところにあります。

異人館異人館

「鹿児島中央」駅からバス25分、「異人館前」下車


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